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「つくる」は楽しい?


 「つくる」は楽しい?

「つくる」は楽しい?


先日、友禅作家の方とじっくり話す機会がありました。

以前から面識はありましたが、1対1で話を聞くのは初めてでした。
その中で、とても印象に残った言葉があります。
「つくっていて、楽しくないんです」
ただし、彼いわく

「アイディアを考えている時間は楽しい」

「仕事でなければ楽しい」

のだそうです。
この「楽しくない」が、どこまで自分と共有できている感覚なのかは分かりません。でも、「つくっていて楽しいですか?」と聞かれると、ボク自身も答えに迷ってしまいます。
本来は、「つくることは楽しい」「楽しみながらつくる」ことが理想なのだと思います。

でも、現実はそんなに単純ではありません。

「楽しくない」と感じる理由には、いくつかの可能性があります。
昔は楽しかったけれど、今はそうではなくなったのかもしれない。

あるいは、最初から楽しいものではなかったのかもしれない。
「仕事でなければ楽しい」という言葉の中にも、

自由につくれるなら楽しい、

仕事になると他人の意向やプレッシャーが入るから楽しくない、

そもそも仕事とは楽しくないものだ、

という認識が含まれている可能性があります。
こうした感覚には、個人差や世代差もありそうです。

これまで学生を見てきた経験では、楽しそうにつくっている人は確かに多い印象があります。
しかし経験を積むほど、できることが増える一方で、「できないこと」もはっきり見えてきます。

その両方を自覚するようになると、以前ほど単純に楽しめなくなる傾向はあるように思います。
多くのモノづくりに共通することでしょうけど、技術的な成長は、どこかの時点で頭打ちになります。

で、成長を実感できなくなると、楽しさも感じにくくなる。
ボクが3Dプリンターでの制作を楽しいと感じる理由のひとつとして、「以前できなかったことができるようになった」という成長の実感があると思っています。
一方で、洋服をつくるときは、常に新しい気づきはあるものの、縫っている最中に「成長している」という感覚はありません。というか、そこは老化を感じる。😅

だからやっぱり、「つくっていて楽しいか?」と聞かれると答えに困ります。
ただ、ボクがいつも意識していることがあります。

それは、「楽しい」と「楽しむ」を分けて考えることです。
「楽しいかどうか」ではなく、

「楽しめるかどうか」に目を向ける。

「つくるは楽しい」から、

「つくるを楽しむ」へ。
生死に関わるものをつくっているわけではありません。

だから、何がなんでも続けなければならないわけでもない。

もし本当にイヤになれば、ボクはつくることをやめると思います。

それでも、楽しめないよりは、楽しめるほうがいい。

結局のところ、それは技術の問題というより、物事の捉え方の問題なのだと思います。

 「つくる」は楽しい?

「つくる」は楽しい?



2026年2月25日