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「伝統」、半分の「感銘」と、半分の「モヤモヤ」と


先日、生地の展示会を観てきました。

ボクが、こういう展示会を訪ねるのには、漠然としたリサーチとしての側面もありますが、自分が使う生地を探しているからです。今、ボクが生地に求めているのは、「日本の『らしさ』を感じられ、かつ、『使える』生地」で、このテーマを満たすためにも、「伝統」が重要なキーワードだと思っています。
同時に、むちゃくちゃの非力ですが、「『伝統』の継続、発展のために役立ちたい」、という気持ちも強いので、自分が使うことと、高い次元でバランスが取れることが理想です。

展示会で見かける、「伝統」産地でつくられた高品質な素材は、どれも素晴らしいく、感銘をうけるモノばかりです。

だけど、何だか「モヤモヤ」する。

生地の「使える」は、大きく「技術」「コスト」「テイスト」に分けられます。ただ、これらは固定した条件ではありません。技術的は、今の自分には無理だとしても、その枠を広げることもできるし、誰かに依頼できればよい。コストに関しては、そのコストを負担してくてる人がいるなら構わない。自分が世の中すべてのテイストを理解しているわけではないけど、テイストの枠が固定されているわけでもない。

「技術的」に縫いにくい素材もよくあります。伝統的で高品質な素材を使うときの一着分の生地代が、たとえば10万円では、かなりたじろぐけど、この「コスト」が、決定的に無理というわけではなく、最大の課題は「テイスト」にあると思います。

この「テイスト」の不一致を、うまく調和させるデザインは、いつも考えていますが、なかなか良い解が見当たらない、というのが現状です。 そもそも、この素材から、よいデザインが思い浮かばないこともあれば、モノとしてよいデザインができても、「これ、着る人けっこう選ぶよなぁ」というケースも、よくあります。

これは、着物リメイクなどの、着物→洋服への変換の難しさとも一致します。
つくること自体は、そのほど難しくはないけど、しっくりこない。これは、よく言われる、生地の幅の問題ではなく、多くは、テイストの変換の難しさにあります。

ところで、「伝統」は、素晴らしいことではありますが、ボクは、この「伝統」という言葉を慎重に扱うことにしているし、「伝統」と言う人の言葉は、ある程度の疑いを持つことにしています。

その理由は、伝統に、ある種の「思考停止」が含まれているからです。

伝統を、「先人から受け継いだことを、そのまま行うこと」とするなら、周辺環境が変わっていないことが条件になりますが、そういうことは滅多にありません。
また、伝統の形や様式が最初に出来上がったときに、明確な根拠があるとは限らず、最初に作った人の気まぐれや、勘違いや、偶然が含まれています。

でも、決定的な不具合にならない限り、そのまま踏襲されてしまいう、という側面があります。ほんとうは、どうでもよいことなのに。

長く残っているものの正当性を、生き物の進化で例えることがあります。
「生き物の形態はすべて、長い時間の淘汰に対して残ったのだから、何らかの意味がある」と。
ところが、これは完全には正しくありません。
意味のない邪魔なものがあっても、それを維持し続けるコストと、取り外すコストを天秤にかけて、後者のコストが大きければ、意味のないものは残り続けます。
ある会社に、辞めてもらいたい社員がいて、その人を雇用し続けるコストと、解雇にかかるコストを天秤にかけるのと同じでことす。
また、右か左かのような、天秤にかけても、どちらでもよいことも生き残ります。踏襲することより、変えることのほうが、コストがかかるからで、「多少の不具合があっても踏襲する、ということに責任を問われることはないけど、不具合があると変える、には責任が伴う」という、人々の責任回避のメカニズムも、それほど珍しくはありません。

いっぽうで、伝統の積み重ねを全部無視して、ゼロから考える、ということは賢明ではありません。
結果的にうまくいくかを、確率で考えることの良し悪しはあるけど、あまりにも「根無草」的です。

と、つらつらと書いていると、「『伝統』の捉え方の問題かもしれない」、と思えてきたので、ネットで意味を調べると「『伝統』とは、長い歴史を通じて受け継がれてきた、古いしきたり、様式、習慣、思想、技術、芸術などのことです。具体的には、昔から続いているもの、世代から世代へと引き継がれてきた有形・無形の系統のことです。」とありました。「なるほど」と思いつつ、「そういえば、未来の話がないんだなあ」とも思いました。未来に関する記事もありましたが。

じゃあ、「伝統」って何?
変えないこと? 変わらないこと? 変えないでいくこと? 変えていくこと?
技術とテイストを、どう扱うか。

そんなことを考えながら、「自分にとって、『使える伝統』って何?」「自分は、『伝統』にどう役立てる?」ということを探し続けています。


「伝統」、半分の「感銘」と、半分の「モヤモヤ」と

「伝統」、半分の「感銘」と、半分の「モヤモヤ」と


2025年11月16日