「伝統」と「前提」
「家の作りやうは、夏をむねとすべし」。 「伝統」と「前提」
鎌倉時代末期に吉田兼好が『徒然草』に記した有名な言葉です。冬の寒さは着込んだり火を使ったりしてしのげるけど、夏の暑さは家そのものの工夫がなければどうにもならない。だから家は風通しを重視してつくるべきだ、という考え方です。
でも、今はその前提が大きく変わっています。
現代では、高い気密性と断熱性を備えた建物をつくり、空調によって快適な室温を維持するという考え方が一般的になりました。昔の日本建築とは正反対にも見えますが、気候の変化や建築技術の進歩、エアコン性能の向上といった条件の変化によって、合理的な解決方法そのものが変わりました。
農業の世界で、水を張らずに稲を育てる「乾田直播」という方法があります。面積あたりの収量は減るそうですが、それ以上に作業の省力化という大きな利点があります。この農法が成立する背景には、耕作地に余裕があることや、人手不足が深刻になったことがあります。
つまり、前提条件が変わったことで、適切な方法も変わったということです。
これまで、スポーツウェアのような、汗や温度への対応が求められるアイテムでは、現在のような光沢のある化学繊維素材はほとんど使われていませんでした。でも、ポリエステルなどの石油系繊維が進化し、吸湿速乾や接触冷感といった機能を持つ素材が開発されたことで、状況は大きく変わりました。
初期の化学繊維は、手入れが楽で安価な「シルクの代用品」のような存在だったかもしれません。でも現在では、機能面において独自の価値を持つ素材へと発展しています。
もちろん天然繊維には天然繊維ならではの魅力があります。ボク自身も天然繊維を好みます。でも、「どちらが優れているか」という問いは、以前よりずっと単純ではなくなっています。
余談ですが、最近普及し始めている「冷房服」が、より性能がよくなり、広く普及した社会を想像すると、興味深い風景が現れます。
冷房の機能を考えると、人がいる空間全体を冷やすより、人自身を冷やすほうが、必要になるエネルギーは少なくて済みます。
もし、「全員が冷房服を着ること」が社会の前提になれば、建物のつくり方も、服のあり方も、今とはかなり違うものになりそうです。
前提が変われば、それに適応した風景も変わります。
そして前提が大きく変わったとき、先人の知恵をそのまま活かせるとは限りません。一方で、多くの人が思い描く「日本らしい建築」や「日本らしい田園風景」といったイメージは、あまり変わりません。
建築なら、見た目は伝統建築で、機密性の高い建物をつくることもできそうですが、「見た目のデザインは機能に従う」という側面は常にあり、もしかしたら、ボクたちは、「昔からの『らしさ』」を諦めるべきなのかもしれません。
このことは、「何を残すのか」「何のために残すのか」という問いの難しさを示しています。
「前提」の変化を前提にしないで、表面に現れた「伝統」だけを守ろうとすると、歪な結果になりかねないからです。
伝統を継承し、発展させていくことは大切です。文化的な根を失わずに生きていくためにも、必要なことだと思います。
だからこそ、伝統そのものを見るだけではなく、その背景にあった前提にも目を向けながら、「何を残すのか」「何のために残すのか」を、あらためて俯瞰して考えてみる必要があるのではないでしょうか。
2026年7月21日
