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「つくる」と「できる」


ちょっとした縁があって、お漬物のワークショップに参加していました。
この先、自分で漬物をつくる機会があるかどうかはわからないけど、これがとても興味深い。
なにが興味深いのかというと、「発酵」という仕組みです。

今回はキュウリの漬物づくりでした。材料の並べ方や重りの重さ、塩の量など、細かな決まりごとはたくさんあります。でも、実際に漬物をつくっている主体は人間ではありません。
人がやっているのは環境を整えること。主役は微生物です。
だから感覚としては、漬物を「つくる」というより、漬物が「できる」という方が近いのかも。

アンパンマンに、ジャムおじさんとバタ子さんが「おいしくなあれ」と言いながらパン生地をこねるシーンがあります。
ボクはどちらかといえば、ものづくりにおける精神論には懐疑的です。おいしいパンをつくるのは気合いや願いではなく、良い素材や技術だと思っています。
でも、漬物づくりを体験しているうちに、「おいしくなあれ」という言葉も案外間違っていないのかもしれない、と思うようになりました。
正確に言えば「おいしくしてください」なのかもしれません。なぜなら、人は主体ではなく、発酵を支える補助役だからです。

自分でつくっているつもりでも、最後は微生物に託すしかない。
そう考えると、「おいしくなあれ」という言葉には、人間の立場をわきまえた謙虚さが含まれているようにも感じます。

もうひとつの興味深いことは、出来上がった漬物の味の複雑さに対して、材料がとても単純なことです。
使うのはキュウリと塩、それに風味を加えるための葉っぱが少し。
それだけの材料から、奥行きのある味が生まれる。
この「単純な材料」と「複雑な結果」の対比もまた、人は補助役であり、本当の仕事をしているのは微生物なのだと教えてくれているよう。

服づくりの世界にも、発酵と関係する事例はあります。
たとえば天然の藍染です。藍染は実際に発酵の力を利用していますし、天然染料には人が完全にはコントロールできない要素が多く含まれています。経年変化もそのひとつです。
青く染めようとして赤くなることはありません。でも、最後の仕上がりには、人間の力だけでは決めきれない部分が確かにあります。
結局のところ、最後は素材や自然の働きに託している、ということです。

洋服の形を考え、裁断し、縫い上げる過程には発酵はありません。
でも、「つくる」と「できる」という視点で考えてみると、案外その境界は曖昧です。
自分でつくっているつもりでも、本当はどうなのかしら。

もちろん、寝ている間に七人の小人が現れて縫ってくれているわけではありません。でも、何かに導かれているような感覚はあります。
デザインを考えるときも、頭の中だけで決めているというより、どこかで「これだ」と思える瞬間が訪れるのを待っている感覚があります。
そう考えると、人間は何かをつくっているようでいて、実は「できる」を手伝っているだけかもしれない。

「つくる」と「できる」。
もしかすると、ボクたちが自分の意思だけで成し遂げていることなんて、ほとんどないのかもしれません。

「お前は何もやっていないじゃないか」
それは決して褒め言葉とはいえないけど、悪い言葉でもない気がします。
そんなことを、おいしい漬物のキュウリが教えてくれました。

「つくる」と「できる」

「つくる」と「できる」

「つくる」と「できる」

「つくる」と「できる」


2026年8月04日